adidas CITY MARATHON PT 42/195 "CITY MARATHON PT PACK/NEW YORK CITY MARATHON" "LIMITED EDITON" GRY/WHT D67549アディダス ランニング スニーカー メンズ
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| 情報提供: | ミタスニーカーズ |
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アイテム説明
常にアスリートの意見に耳を傾ける事で様々なアイデアをインプットし、それを具現化する確かな技術力により革新的なプロダクトを生み出し続ける“adidas(アディダス)”。
スポーツに尽力するアスリートをサポートするだけでは無く、プロダクトを通し関わる全ての人とコミュニケーションを取る事でスポーツそのものの発展に多大な影響を及ぼして来ました。
スポーツの根本とも言える「走る」事に対する情熱は現在も冷める事無く、近年スローガンとして“IMPOSSIBLE IS NOTHING(不可能は無い)”を掲げ、創造性と機能性を兼備したパフォーマンスシューズを携えプロダクトカンパニーとして常に市場をリードしています。
“ADOLF DASSLER(アドルフダスラー)”が築き上げ引き継がれてきた「adidas」の栄光と挫折の歴史はランニングシューズと共に歩んで来たと言っても過言ではありません。
そんな「adidas」から、時代に順応した名作をスニーカーシーンに送り出してきた同ブランドの中でも、名作として語り継がれる“CITY MARATHON PT(シティマラソンPT42/195)”をベースに、世界的に有名なマラソンレースにフォーカスした“CITY MARATHON PT PACK(シティマラソンPTパック)”がゲリラリリース決定。
1970年代に不安定な世界情勢や産業開発による環境問題が起因となり登場したジョギングブームは、世界中を巻き込みながら急成長。
70年代後半から80年代には各メーカーの技術躍進に伴い画期的なテクノロジーが発表され後に名作と語り継がれるモデルが次々と産声を上げました。
更に、世界中のランナーが信頼を寄せ掲載されたシューズランキングが売り上げを左右する評価基準となり、各ブランドの技術開発に多大な影響を及ぼした1966年創刊の“RUNNER'S WORLD(ランナーズワールド)”の登場が各メーカーの技術開発に多大な影響を及ぼした年代でもあります。
そんな名作が集う80年代に産声を上げた「CITY MARATHON PT」は、当時の最新テクノロジーを搭載した「機能性」とそれまでリリースされていたランニングシューズとは一線を画すカラーバリエーションで、シリアスランナーだけではなくファッションシーンでも高い評価を受け好調なセールスを記録した名作。
今作は、ニューヨークとブルックリンを結ぶ名所であり、“NEW YORK CITY MARATHON(ニューヨークシティマラソン)”のスタート地点で大会の象徴として扱われる“VERRAZANO NARROWS BRIDGE(ヴェラザノナローブリッジ)”からインスパイアされたカラーリングを落とし込んでいます。
更にヒールパッチには、フルマラソンの完走距離である「42.195km」のオリジナルグラフィックがプリントされ、コンセプトを体現。
ヘリテージモデルに新たな「可能性」を見出し、当時リリースされていたオリジナルモデルをベースに、可能な限り忠実に復刻し、名作から継承した普遍性を壊す事無く、コンテンポラリーなデザインを加え再構築。
今も色褪せる事の無い配色美は、当時を知るスニーカーマニアから現代のスニーカーヘッズまでも唸らせる1足に仕上がっています。
RUNNING(ランニング)
登録アイテムを見るadidas(アディダス)
詳細情報を見る1948年、アドルフ・ダスラー氏によってスタート。
“adidas(アディダス)”の由来はアドルフ氏の愛称「アディ」と「ダスラー」をつなげたものです。
シューズの補強のために編み出された3本のバンド「スリーストライプ」は、今ではアディダスの象徴になっています。
1965年、テニスシューズ“HAILLET(ハイレット)”を発表。これが後の“STAN SMITH(スタンスミス)”となります。
1970年、オールレザーのバスケットシューズ“SUPER STAR(スーパースター)”発表。
現在では、NIKE、PUMAとともに、世界のスポーツ関連製品のブランドとしてはトップブランドの地位を確立しています。